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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)160号 判決

原告 坂本亮子

右法定代理人親権者 坂本昭子

右訴訟代理人弁護士 岩田満夫

同 布施誠司

被告 富山いすず自動車株式会社

右訴訟代理人弁護士 中野富次男

同 三枝基行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し別紙目録記載の不動産につき(1)昭和三七年一〇月一二日東京法務局杉並出張所受付第二五三四一号抵当権設定登記並びに(2)昭和三八年二月二二日同法務局杉並出張所受付第四〇一二号抵当権変更登記の各抹消登記手続をしなければならない。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因としてつぎのとおり述べた。

一、原告は昭和四〇年二月二二日、原告の亡父坂本勝平から別紙目録記載の不動産(本件物件)の贈与をうけた。

二、原告の亡父勝平は昭和三七年一〇月、訴外有限会社青葉組が被告に対して負担する自動車売買代金債務一一七〇万一五九一円(その支払方法は同年一一月より昭和三九年一〇月迄毎月末日限り各四七万円宛、昭和三九年一一月末日限り金四二万一五九一円の分割払である。)のうち第一回支払分から数え順次支払期の到来する三〇〇万円を担保するため、換言すれば訴外会社が期限の利益を失い、残金額を一時に支払うべき場合には金三〇〇万円から訴外会社の既支払額を控除した残額を被担保債権として被告との間に本件物件に抵当権を設定し、前記の抵当権設定登記手続を了した。

三、訴外会社は被告に対して昭和三八年二月中に金三一〇万円を支払ったので、右抵当権は被担保債権の弁済によって消滅したものである。

四、とこが原告の亡父は被告から右の通り抵当権の消滅したる事実を明かにされないままに、昭和三八年二月ごろ、訴外会社の被告に対する残債権金八六〇万一五九一円の支払方法の変更に関する契約書に捺印するや、被告は右契約書の空白部分をほしいままに補充して、勝平が訴外有限会社青葉組の金八六〇万一五九一円の残存債務中金三〇〇万円について抵当権を設定したものとし、前記抵当権消滅後も抹消されずに残存している前記(1)の登記を流用し、これを基にして不適法に付記登記によって前記(2)の登記手続をなした。

三、然し一旦弁済によって消滅した抵当権の設定登記の流用は許されないから、前記(1)(2)の各登記の抹消手続をもとめるため本訴に及んだものであると述べ、被告の抗弁を否認した。

被告訴訟代理人は原告の請求棄却の判決をもとめ、答弁として、

一、原告主張の請求原因事実中第一項は、原告が現にその所有者であることは認めるが、贈与の事実を否認する。原告は昭和四〇年二月二八日勝平の死亡により相続によって本件不動産を取得したものである。

二、請求原因第二項は原告の亡父が設定した抵当権の被担保債権の範囲を争うほか、その他を認める。被担保債権は訴外会社の被告に対する自動車売買代金債務一一七〇万一五九一円のうち、不特定の金三〇〇万円を限度とする旨約したものである。

三、請求原因第三項は訴外会社の被告に対する支払額が昭和三八年二月二〇日迄に金三一〇万円に達したとの事実を認め、その余を否認する。

四、請求原因第四項記載の事実中付記登記の事実を認め、その余を否認する。被担保債権は答弁第二項記載のとおりであるから、訴外会社の金三一〇万円の支払のみをもっては抵当権は消滅しない。と述べ、更に仮定抗弁として、

一、被告は昭和三八年二月二〇日訴外会社との間で前記自動車売買代金債務の割賦金の減額、及び支払期日の延長を約し、これとともに同日原告の亡父は被告に対しつぎのとおり抵当権設定契約の変更を約し、これに基き前記(2)の抵当権変更登記手続がなされた。

(一)  被告の訴外会社に対する債権額は金八六〇万一五九一円とし、原告亡父が本件物件に設定する抵当権の被担保債権は右の債権額のうち金三〇〇万円及び後記割合による遅延損害金とする。

(二)  訴外会社は被告に対し、昭和三八年二月より昭和四一年五月迄毎月末日限り各二一万円宛、昭和四一年六月末日金二〇万一五九一円に分割して支払う。

(三)  訴外会社が右分割払を遅延したときは期限の利益を失い、即時残額全部とこれに対する日歩八銭二厘二毛の遅延損害金を支払うものとする。

二、訴外会社は、昭和三九年五月三一日までに右債務のうち、合計金三三六万円を支払ったが残金を支払わない。

三、よって訴外会社の残債務のうち、金三〇〇万円および残債務に対する昭和三九年六月一日以降支払ずみまで日歩八銭二厘二毛の割合による遅延損害金の各支払請求権を被担保債権とする本件物件に対する抵当権は有効に存続しているものであるから、原告の請求は失当である、と述べた。〈以下省略〉。

理由

相続によるか、贈与によるかはともかくとし、原告が本件物件を亡父勝平から取得し所有するものであること、被担保債務の範囲を除き、原告の亡父が昭和三七年一〇月被告との間で、有限会社青葉組の被告に対する自動車売買代金債務につき本件物件に対し抵当権を設定する旨約したこと、右債務は合計金一一七〇万一五九一円であって、昭和三七年一一月より昭和三九年一〇月迄毎月末金四七万円宛、同年一一月末金四二万一五九一円の分割払とする定めであったことは当事者間にいずれも争いがない。

そこでその被担保債務の範囲について調べることとする。一般に債務の一部を担保した場合は、そのうちのどの部分かを特定せず、従って一部弁済があっても、債務の残存する限り、担保額の限度でこれについて責任を負う事例が多いであろう。然し債務中特定の一部、例えば分割払債務のうち始めに支払期の到来する一定額のみを担保する事例のあることも、職務上顕著な事柄である。

本件において原告は後者の場合であることを主張し、被告は前者の事例であると主張する。成立に争いのない甲第三号証及び証人吉村茂人の証言の一部によると、甲第三号証は本件抵当権設定についての契約書であって、その第一条には前記の通りの分割払いの定めがあり、第二条には「元金の内入弁済を一回でも怠ったときは期限の利益を失う」と定められ、第四条には「丙(勝平)は本契約による乙(青葉組)の債務の中第一条記載の分割金につき毎月金四〇万二五〇〇円宛(但し最終回のみ金四〇万二五二一円)を限度とした各支払及び乙(青葉組)が期限の利益を失った場合には金三〇〇万円から乙(青葉組)がその時までに甲(被告)に弁済した金額を控除した残額を限度として、丙(勝平)所有の(甲第三号証には乙所有とあるも、丙所有の誤記であることは、弁論の全趣旨に照らし争いがない)後記不動産につき順位第一番の抵当権を設定する」と定められている。而して右の金三〇〇万円という金額は金一〇〇六万二五二一円という文字を抹消してその欄に書加えられており、それは、原案は金一〇〇六万二五二一円で、この案を被告において作成し、勝平方に持参したものであるが、勝平の要求により、金三〇〇万円に減額されたものである。ところで先づ原案によると、被担保債務総額は債務金額の金一一七〇万一五九一円ではなく、金一〇〇六万二五二一円であって、各月賦払金額四七万円中の金四〇万二五〇〇円と最終回の月賦金四二万一五九一円中の金四〇万二五二一円とを夫々担保するものと定められている。従って青葉組が一部弁済した場合は、右の割合で被担保額が減少する筋合であり、後段の“青葉組が期限の利益を失った場合は金一〇〇六万二五二一円から青葉組が弁済した金額を控除した残額を限度として担保する”というのも、青葉組の弁済に伴い前段に対応し、前段の割合で被担保額金一〇〇六万二五二一円が減少する趣旨と解すべきである。されば前記の事例で言えば後者の事例に該当する。而してさきに述べた通り、勝平の要求により右の金一〇〇六万二五二一円を金三〇〇万円に減じて前記の条項としたのであるから、この場合も右に準じて解釈すべきであり、ただ後段を金三〇〇万円に減じたのに伴い、当然前段の金額を訂正すべきであったのに、これを忘れて放置したので、前段の規定はこれを無視するほかはない。してみれば青葉組が全然弁済しない場合は金三〇〇万円、一部弁済した場合は金三〇〇万円よりその弁済額を控除した残額につき担保したものと解すべきである。証人吉村茂人は第四条を目して、債務が残存する限り、青葉組の弁済額いかんに拘らず、金三〇〇万円を限度として担保する趣旨であると証言するが、さような解釈は第四条後段の文理に反するばかりでなく、当事者間でその趣旨が口頭で明らかにされていたと認むべき証拠はないので、吉村証人は前記の通り訂正することによって、右の趣旨に変ったものと心中誤解していたのではないかと察しられ、右証言は採用できない。

ところで原告の亡父勝平が設定した抵当権の被担保債務の範囲は右の通りであるところ、昭和三八年二月二〇日までに訴外青葉組が金三一〇万円を被告に弁済したことは、当事者間に争いがないから、右の抵当権はこれにより消滅したものと謂うほかはない。

よって進んで被告の主張する抵当権変更契約の成否につき按ずるに、〈省略〉によれば、被告は昭和三八年二月二〇日訴外青葉組及び原告の亡父勝平との間で、前記自動車売買代金の残額が金八六〇万一五九一円であることを確認し、債務者青葉組は昭和三八年二月二八日より昭和四一年六月三〇日迄毎月末金二一万円宛但し最終回は金二〇万一五九一円として割賦払いすること、一回でも割賦弁済を怠ったときは期限の利益を失うこと、遅延損害金を日歩八銭二厘二毛とすること、勝平は右残存債務中金三〇〇万円を限度として本件物件につき抵当権を設定すること、以上を約した事実が認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

而して昭和三八年二月二二日東京法務局杉並出張所第四〇一二号を以て右の抵当権変更契約につき付記登記がなされたことは当事者間に争いがないところ、原告は右は一旦消滅した抵当権設定登記を流用し、これを基として変更の付記登記をしたものであるから、全部無効であると主張するもので按ずるに、勝平が始めに設定した抵当権が弁済により消滅したことは前認定の通りであるけれども、その登記を見ると『抵当権設定、原因、昭和三七年九月二七日債務弁済契約による債権額金一一七〇万一五九一円のうち金三〇〇万円についての昭和三七年一〇月一〇日抵当権設定契約云々』と登載されていて、右三〇〇万円が金一一七〇万一五九一円のうちいずれの部分であるか、これを特定する事項は少しも登記されていないのであるから、右の登記は、金一一七〇万一五九一円の債務中不特定の三〇〇万円を担保する趣旨の抵当権設定登記としても妥当するものと謂わなければならない。従って抵当権変更契約による被担保債務は登記簿の記載による限り前後変動がないことに帰し、その登記の流用を認めても、登記の公示性をみだす虞れは少ないものと謂わなければならない。それのみならず、前記甲第一、第二号証によって明らかな通り、抵当権の変更の付記登記をなすまでに、登記簿上係争不動産について利害関係を有する第三者が出現しなかったことは明らかであるから、かかる場合は、抵当権設定登記の流用は許されて然るべきである。されば本件抵当権設定登記及びその変更の付記登記はいずれも有効に存続するものと認むべきである。

よって原告の被告に対する本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却し、

〈以下省略〉。

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